2001 インターネツト博覧会・自由参加パビリオン

fuzi・gakunann no tutikure de seizi「tennseifuzi」wo tukuru!


■ 路傍の土塊「あおまさ」とはこんな土 ■
路傍の土塊「あおまさ」から 焼物の最高峰といわれる
南宋官窯系青磁をつくる



 

(つちくれ)を高めてぎょく)

あおまさ
俗称「あおまさ」
とはこんな粘土、所々に鉄錆がみえます。
1000℃で軟化します。


あおまさ:昔から富士山の岳南地方の工事現場などで俗称「あおまさ」と呼ばれる粘土
がよく掘り起こされていました。造成工事などでは地耐力がないので
産業廃棄物としてには捨てられて来ました。このやつかい物として廃棄されていた
「あおまさ」から鉄分を採り 焼物の最高峰といわれる南宋官窯系青磁をつくる試みです。



(参考-富士まさ:富士山の一部には新富士火山(1万年位前から1,707年宝永噴火位まで)の
噴出物である火山灰〔砂、礫〕が固化して水を透しにくくなつた“富士まさ”と呼ばれ
ている表層で覆われている地域があります。こういう所は耕作もしにくく、降水も表層の
上をスイスイ流れ去つてしまいますので、この層を人工的に壊して地下水量を増やそうと
いう計画もあります。‥富士周辺の面白い地学入門(世界社)-服部哲雄著 より引用 )


富士山の岳南地方の一風景です。

updated.2001.6.16


歌川広重の吉原(左富士)。
江戸から数えて14番目の宿場町。
富士山が左に見えるので左富士と言う。
街道の松の根元にある路傍の土がもしかしたら
「あおまさ」かもしれない。

現在の左富士の風景。

 


左富士にある吉原宿の道標。
この左富士は東海道400年のうちの始めの80年の間に元吉原、中吉原と宿場が移動した時の中吉原の宿場の場所。
その後、海の影響によりここから西へ1.5Kmほど移動した。その後の380年間は今の吉原商店街が吉原宿となる。
 


 
v東海道 400年祭

(つちくれ)を高めて玉(ぎょく)

30s

 


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